家族の中で、なぜ私は「頼られる役」になってきたのか

――お金と境界線を、数秘で学んだ話――

前回は、
「姉妹という縁は、必ずしも近くにいることではない」
というテーマで、私自身の体験を書きました。

今回は、もう少し踏み込んで、
家族の中で私が背負ってきた役割について書いてみようと思います。


気づけば私は「何とかする人」だった

振り返ると、子供の頃からずっとそうでした。

家庭の事情は決して安定しておらず、
大人に頼るというより、
「自分で何とかする」ことが当たり前になっていました。

成長してからも、

・相談される
・頼られる
・最終的に私が調整役になる

そんな立ち位置が、自然に出来上がっていたのだと思います。


お金の話は、境界線が曖昧になりやすい

家族との関係で、特に難しかったのが「お金」の問題でした。

・簡単に「貸して」と言われる
・返ってこない
・理由を聞くと曖昧
・でも、家族だから断れない空気

正直に言えば、
「私は金のなる木だと思われているのでは?」
と感じたことも、一度や二度ではありません。

それでも当時は、
「困っているなら助けるべき」
「私が我慢すれば丸く収まる」
そうやって、自分を納得させていました。


数秘で見えてきた「役割を背負いやすい数字」

占い師として数秘を学び、自分自身を見たとき、
とても納得したことがあります。

私の数字は、
人を守る・支える・調整する役割を担いやすい配置

だからこそ、

・責任を引き受けやすい
・相手の事情を優先してしまう
・境界線が曖昧になりやすい

これは性格の問題ではなく、
役割として生きてきた結果だったのだと思います。


「貸さない」という選択をした日

ある時、はっきりと線を引きました。

「今回は貸せない」
ただ、それだけの言葉でした。

責めることも
説明することも
感情的になることもなく。

不思議なことに、その一言を境に、
お金の話はぱったりと来なくなりました。

関係が壊れたわけでもなく、
むしろ 落ち着いた距離感 が生まれたのです。


境界線は、冷たさではない

この経験から、私は強く思うようになりました。

境界線を引くことは、
冷たいことでも
突き放すことでもありません。

自分を大切にする行為なのだと。

数秘で見ると、
「助けること」と「背負うこと」は、まったく別の学びです。

私は、背負う役目を終えてもよかったのだと思います。


占い師として、そして一人の人として

鑑定の場で、私はよくこうお伝えします。

家族でも、していいことと、しなくていいことがあります。
愛と犠牲は、同じではありません。

それは、
自分自身が体験してきたからこそ、
心から言える言葉です。


家族との関係は「役割を降りる」と変わる

家族との関係が苦しいとき、
問題は相手ではなく、
自分が無意識に背負っている役割にあることも少なくありません。

私は今、
「何とかする人」ではなく、
「自分の人生を生きる人」として立っています。

それだけで、
家族との距離は、驚くほど穏やかになりました。


🌸 次回予告

次回は、
「子供たちは、私の人生の答えだった」
母として、そして一人の人として感じている、
子供たちとの数秘的なつながりについて書こうと思います。